日帰りで訪ねれば、チャーレンは美しいと感じる。一夜を過ごせば、理解が始まる。違いは、通りすがりの客が決して届かない時間帯にある。集落じゅうが囲炉裏を囲む夜と、霧がまだ晴れないうちに人々が畑へ向かい始める早朝だ。
集落の一日のリズム
ここでは一日がとても早く始まる。朝の四時、五時にはもう火が熾り、鶏の声と互いを呼ぶ声が霧を越えて響く。人々は真昼の強い日差しを避け、涼しいうちに畑へ、森へ桂皮を剥ぎに出かける。九時、十時になると集落はほとんど人けがなくなり、残るのはお年寄りと小さな子どもだけだ。
夕方近くになると人の流れが戻ってくる。背負い籠には薪や山菜、桂皮がいっぱいだ。集落がもっとも生き生きとする時間である。子どもは沢で水を浴び、女性は炊事の火を熾し、男性は農具を直す。ありのままの暮らしを撮りたいなら、この時間帯がいちばんよい。光の具合でも、空気の感じでもそうだ。
囲炉裏を囲む食卓
チャーレンの高地の食は素朴で、森と深く結びついている。客をもてなす食卓にはたいてい、竹筒で炊いたご飯コムラム(cơm lam)、沢で獲って炭火で焼いたカーニエン(cá niên)、囲炉裏の上で燻した肉、山で摘んだラウルイ(rau lũi)、竹筒で煮た汁物、そしてみなで分け合うために真ん中に据えられたルオウカン(rượu cần)の甕が並ぶ。
食卓で知っておきたいことがいくつかある。ルオウカンは儀礼的な性格を持つ酒で、順序に従って勧められ、結びつきの意味を担っている。竹の管は両手で受け、主人が勧める調子に合わせて飲もう。飲めない場合は、明るく正直に伝えればよい。高地の人は無理強いしないが、態度はとてもよく見ている。
夜とゴングの音
チャーレンのゴング(cồng chiêng)は見せ物の演目ではない。それは意味のある場面で鳴る。新米を祝うとき、縁を結ぶとき、客を送るとき。ゴングの一団が山あいの夜にそろって打つと、音は森の壁に当たって返ってきて、録音では再現できない響きを生む。
集落が客のためにゴングの夜を催すなら、きちんと参加しよう。誘われたら立ち上がって輪に入ることであって、外から携帯を掲げて眺めていることではない。客が一緒に加わることこそ、集落の人がいちばん喜ぶことだ。
ゴングは山と森の声だ——集落の年長者は今もそう言う。そしてその声は、聞くだけ長く留まる人にだけ、本当に響く。
振る舞い:誰も書き記していない決まりごと
コミュニティ・ツーリズムがリゾートの旅と違うのは、あなたが施設の客ではなく、人の家の客だという点にある。いくつかの原則が、双方にとって心地よい関係をつくる。
写真を撮る前に必ず尋ねること。とくにお年寄り、子ども、そして儀礼の最中は。撮影の許されない儀式もある。
集落にいるとき、儀礼に参加するときは、控えめで礼を失わない服装を。
家に入るとき、物に触れる前には必ず尋ねること。とくにゴング、酒甕、祭祀の道具は。
日が暮れたら声の大きさを抑えること——集落は早く起きるから早く休む。
吸い殻や菓子の包み紙のような小さなものも含め、自分のごみは山の下まで持ち帰ること。
道端の子どもにお金や菓子を渡さないこと。手を貸したいなら、村長か泊めてくれた家に、共同体が本当に必要としているものを尋ねよう。
あなたのお金が正しい場所に残るように
旅が残せるいちばんよいものは、住民自身に届く収入だ。集落の人が営む民泊やホームステイに泊まり、森を歩くときは地元の案内人を頼み、家庭で作られた食事をいただき、特産品は直接買おう。桂皮ひと袋、織物一枚、山の蜂蜜ひと瓶。
反対に、訪ねた土地を傷つけることは避けたい。野生動物の売買、標本と称して枝を折ること、案内人なしで奥深い森に入ること、写真のために場面を作り上げること。よい旅は持ち帰った写真の枚数ではなく、次に訪ねたときも顔なじみとして迎えられるかどうかで記憶される。
何泊するとよいか
一泊あれば触れるには足りる。二泊、三泊あれば、ここのリズムが体に染みるには十分だ。目覚ましがなくても早く目が覚めるようになり、近い沢と遠い沢の音を聞き分けられるようになり、そして朝の空気に混じる桂皮の香りこそ、山を下りたあとも自分についてくるものだと気づくようになる。



